感想文
2001年
第28回青空学校東久留米教室

実行委員長 あねご

・編集後記・

 年ごとに青空開催の条件が厳しくなる中、今年はまるっきり個人的な理由で始まりの時から日本からいなくなり大ヒンシュクをかっているあねごです。
 多忙の中、時間をさいて奔走してくれた事務局メンバーと地元での軽いフットワークを見せてくれた指導員達のおかげで開催が実現でき、また事故のない3日間であったことを ありがたく思っています。本当にごくろうさまでした。 何もできなかったのに反省会で卒業証書をもらったときには感無量でした。 今までで一番重い証書として大切にしたいと思ってます。
 さなえやれーさんたちが行政相手に悪戦苦闘している時、私はネパールにいました。 去年の「夜の集い」のビデオには出てこなかったけれどネパールは世界の中でも貧しい国の1つです。 青空に来ている子達の中にも”学校に行きたくなーい”と思っている子がいるかもしれないけれど、ネパールには今でも学校に行きたくても行けない子どもたちがたくさんいます。 それだけでなく、家族や家もなく、毎日の食事さえとれなかったり、ひどい環境の中で働かされていたり、他の国へ売られてしまう子どももいます。 また、男の子に比べ女の子はもっと勉強するチャンスが少ない国でもあります。 そういう子どもや女性達が、いろいろなことを学んで自分で生活できるような環境作りをしようというNGOのスタッフとして ボランティアで滞在してきました。 NGOを立ち上げた4年前、ネパールは貧しいけれどのんびりとした国でした。でも今回訪れた時はちょうど国そのものが大きく動いている時期でした。 反政府の過激派が警察署や銀行を襲い、たくさんの人が犠牲になっていました。 ”日本人を見たのは初めてだ”という小さな村に泊まった時には何件か離れた店が集団強盗に襲撃され、生まれて初めて人を打つ発砲の音を近くで聞きました。 そしてそのあとネパール国王一家が殺されるという大きな事件まで起きました。 そんな国を後にしながら”やっぱり日本は平和な国なんだろうか・・・”と思い帰りのバンコクで飛行機を待っていると、池田小学校の事件の載った雑誌が・・・。
 毎年「夜の集い」で平和について考える時間をとっていて、今までは「戦争」をテーマに扱ってきたことが多かったし、 今年の指導員がやった朗読劇「むらさき花大根」も練習の成果とみんなの熱意が伝わってくるいい作品でした。 でも「平和」の反対は「戦争」じゃなくて単純に「平和な暮らしの出来ない状態」なんだなぁ・・・とつくづく感じさせられます。 今、日本もネパールも直接戦火にみまわれてはないけれど、じゃあ、いろいろな差別によって苦しむ人や 日々の生活に困っている人がいたり、意味もなく人を傷つける人がいて、傷つけられた人を見て見ぬふりをする社会を「平和」 といえるんだろうか? 国民のことを考えずに政治を動かす人たちがいて、弱い立場の人々が踏みにじられている社会は? 戦争をしたがる人たちがいて、それに反対する声がつぶされる社会は?−−−これは「平和」とは言わないね。 そしてもちろん、こういう青空学校のような活動が地域でできなくなる社会も・・・。
 だから大きく考えれば、青空を続けることは「平和」を守ることにつながっていくんだと思います。 指導員や子どもたちに”なんで青空ができなくなるの?”と聞かれて”行政側の意向”としか答えようがないのもおかしな世の中。おかしいことにはおかしいと言っていかなくちゃ、いつのまにか それすら言えない世の中になってしまいそうでこわい。

 今年の指導員のスタンツはこれからの青空で毎回歌っていきたいような歌詞でした。 モトウタの♪あしーたがある♪も毎日CMで何度も耳にするけど、この時代に、このフレーズをリバイバルさせた仕掛け人はすごいなぁと思います。 青空だけでなく、日々のできごとを見ていると、世の中全体が、ものすごいスピードでとんでもない方向に進んでいるし、それに対して何ができるんだろう・・と へこたれることも多いけど、とりあえず「明日があるさ」と思ってやっていくしかないよなぁという気にさせてくれるから。私はこのフレーズが好きです。
 また、今年の指導員&事務局名簿を作る時、一言欄に何を書こうか迷った末に、ヒンシュクの二乗カクゴで「また来年!」とだけ書きました。 呪文のように、これさえ書けばかなうとは毛頭思いもしないけれど、とにかく何らかの形で続けられるように、自分自身の中にも、その気持ちそのものを持続させるために、この文集の裏表紙にも、そしてまたここにも、あえて書いてしまうのであります。

明日があるサ、また来年!!

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